【感想】『アイ、トーニャ』 あなたが見るのは「真実」か、「物語」か。

今回見てきたのは、


『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』


です!!!!!!


(副題がダサい)





この副題がダサい問題なんとかならないのでしょうか。海外作品には何かと副題をつけてますよね最近の。いらないんだけどな〜と思いながら、「アイ、トーニャ』だけだともん足りない感じもあり…。どうにかならないもんだろうか。




あらすじ


1991年の全米フィギュアスケート選手権。トーニャ・ハーディングはアメリカ人として史上初めてトリプルアクセルを成功させた。この偉業はトーニャの名前と共に不朽の業績として後世に語り継がれていくはずだった。しかし、1994年に事態は暗転する。リレハンメル五輪の選考会となる全米フィギュアスケート選手権で、トーニャはライバルのナンシー・ケリガンを襲撃して出場不能に追い込んだのである。この事件によって、トーニャの業績を正当に評価することが困難になってしまった。

順風満帆のキャリアを歩んでいたはずのトーニャが何故このような愚行に至ったのか。その影には幼少時からトーニャに言葉の暴力を振るってきた母親、ラヴォナの存在があった。

(wiki)


キャスト

トーニャ・ハーディング - マーゴット・ロビー
ジェフ・ギルーリー - セバスチャン・スタン: トーニャの元夫。
ラヴォナ・ゴールデン - アリソン・ジャニー: トーニャの母親。
幼少期のトーニャ・ハーディング - マッケナ・グレイス(英語版)
ショーン・エッカート - ポール・ウォルター・ハウザー(英語版)
ダイアン・ローリンソン - ジュリアンヌ・ニコルソン: トーニャのコーチ。


公式ホームページ


予告編


『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』予告編(5月4日(金・祝)公開)












<感想>あなたが見るのは「真実」か「物語」か!?「真実なんて糞食らえだ!!!!」

はい、と言うわけで。面白い!面白かったです!!!ざっくり!笑
何が面白かったのか、順に説明していきたいと思います!


『アイ、トーニャ』の面白さ①:圧倒的なキャラだち

まずは何と言っても主演マーゴットロビーですよね〜。粗暴なアイススケータートーニャを演じていました。この人の目ってどうしてこう暴力的なんでしょうね。一見おっきくて可愛らしい目をしているんですが、これが怒りの表情に向かうと(というかこの映画はほとんど怒りの表情ですが)、マジでやばい人になりますね。カッと見開いて、お前殺すぞ!みたいなwwwこの役はマーゴットロビーをして完成した役だと言えるのではないでしょうか。彼女以外だったらどうなっていたか分かりません。アメコミ映画のイメージが強い彼女をしっかりと女優として使い切った役所だったのではないでしょうか。



ちなみにこちらがハーレークイーンを演じた時のマーゴットロビー。


そのトーニャですが、母親の暴力的な教育もあってコーチには悪態つくわ、男とは殴り合いの喧嘩するわ、審査員に怒鳴り散らすわと感情の振れ幅が完全にぶっ壊れたアスリートというキャラクターです。ストイックで真面目な日本のスポ根ものの片鱗もありません。それだけぶっ飛んでるってことですね。そのトーニャが終盤で見せるある表情が狂気じみているのでマジで記憶から離れないんですが、その表情の裏にはどんな感情があるのか、というところが今作の肝にもなっているのではないでしょうか。

衝撃の表情ですよね…


ちなみにトーニャの幼少期を演じるのは『gifted』でクリエバ(キャプテン・アメリカで一躍大スターになった俳優さん)の姪っ子を演じ、おませさんな可愛さとツンデレぶりと要所で見せる大粒の涙で僕の心を鷲掴みにしたかの、マッケナ・グレイスちゃんです!!!この子が化け物トーニャの片鱗を見せ始めた子供時代をやはりかなりの完成度で演じております!!!

スケートをするマッケナちゃん。


昨年個人的に滑り込みクラッシュした大傑作がこちら『gifted』!こちらも要チェックです!


トーニャのお母さんラヴォナも相当なぶっ飛びキャラでした。なんでか知らないけどもう本当にずっっっっとタバコ吸ってる笑。よく頭くらくらしないなって感じです。髪の毛はバッサリと短くて、メガネがいかつくて、コーチには無理強いをし、何かとお金の話をする。「私があなたのためにどんだけ働いていると思ってるの!?」的な発言がなんどもなんども出てきます。「金使ってんだから結果出せやおらああ!」というスパルタママの鏡です。



トーニャの旦那役、ジェフもまたまたぶっ飛びキャラです。こちらはセバスチャンスタンさん=ウィンターソルジャーで有名ですね。現在も『アベンジャーズ:インフィニティウォー』でご活躍です!今作ではトーニャの初恋の相手であり、そのまま結婚してしまうとんでも男を演じています。これだけ振れ幅のある役が同時公開されていることもなかなかないでしょう。要はDV夫なんですよね。何かにつけてトーニャを殴るという。でもトーニャへの気持ちは人一倍あって、いなくなるとすぐに連れ戻すという。連れ戻される側もどうなのかと思っちゃうくらいハチャメチャで、笑えないくらい破滅的な二人の結婚事情でした。


こちらがウィンターソルジャー時のセバスチャン。


そして『アベンジャーズ:インフィニティウォー』の感想にもなっていない感想がこちら。



コーチの役も、一見普通の人のようなキャラクター設定ですけども、これだけぶっ飛んだ人の中にいると、なんだか品行方正を絵に書いたような人柄が気味悪くも感じます。フィギュアスケートってお金かかるっていうし、きっとお育ちも良い方なんでしょう。



最後にぶっ飛びキャラと言ったらもうこいつでしょう!トーニャの(元)旦那の友人のショーンくん。僕は勝手にデブ男とよんでいますのでそう呼びたいと、ぜひそう呼びたいと思います!彼はこの映画でもしかしたら一番ぶっ飛んでる、一番ねじ外れちゃってる存在なのでは?でもこういう人いますよ?気をつけてね!?元諜報員を語りテロについて熱く語りかけてくるジェフの友人なんですがその本当の姿はいかに…。コメディリリーフでありながら、その実彼の背負っている役割はこの映画では大きいぞ…。




はいこんな風に、各登場人物のキャラクターを楽しみ、「こんな人周りにいたらやばいwww」「こんなやついるよな〜現実に」「こんなのがスポーツの世界なのかよ…マジか…」などなどいろんな感じ方があるのではないでしょうか。そこだけでも味が濃すぎる丸の内弁当見たいな楽しみ方ができると思います。



『アイ、トーニャ』の面白さ②:転落人生を見る底意地の悪い面白さ


前章ではキャラクターを通しての楽しみかたについて書いていましたけど、もちろんストーリーも面白い!


要するに、一時は女性初のトリプルアクセルを成功した期待のフィギュアスケーターだったトーニャが、ある事件に巻き込まれることによって転落人生を歩んでいく…という話なんですよ本当にまとめちゃうと。でもって彼女の家庭事情とか母親の事情とか、旦那の事情とか色々な事情やら背景やらが語られることで、トーニャさんとはどんな人なのか、トーニャさんの周りはどんなだったのか、みたいなことが間接的に、いろんな証言を元に語られていくんですね。


『ウルフ・オブ・ウォールストリート』て映画あるんですが、それも大成功した実業家の栄光と挫折、みたいな内容なんです。麻薬はしたくないけどテンションはあげたい!みたいな時にこれを見ると良いと思います笑。なんとこちらもマーゴットロビーがエッロい若妻を演じていて大変グットです。で、僕この映画大好きなんですけど、これにも似た、転落していく人の悲しさとそれをはたから見ているバカバカしさや思わずニヤリとしてしまうような楽しさがあると思いました。


やはり誰かが、特になんか悪いことしてたり性格が悪かったりする奴が、栄光から転落してく人生模様って、(僕の性格が悪いんでしょうか?)下劣で楽しいですよね。まあいってしまえば「人の不幸は蜜の味」ということなんでしょうが。


これだけ幼少期から自己主張強めで人を押しのけて、リンクの上で誰かとすれ違いざま「邪魔。」とかいっちゃう奴が挙げ句の果てに…みたいなところを見てるのって楽しいなって思っちゃうところもありました。


が、最後にはなんというか、そんな楽しんじゃった自分が悲しくなるような展開がやっぱりあるわけですけども。




で、ですよ。ここまで見ていただいたと思うのですが、今作の一番重要なところ、最も面白いところはここからなんですね。これまでのは一体なんだったんだよ!って言わないでください。



ここからは作品の本質に触れときたいと思うので、まだ見てないって人はお控えになった方がよろしいかと思います(まあそんなに影響はないです)。




『アイ、トーニャ』の面白さ③:①②を楽しんだ後に訪れる、真実なんて糞食らえだ!という開放感。



この作品の特徴は何と言ってもその語り口、映画としての構成だと思います。つまり、「インタビュー形式になっている」という点です。


最後の映像からわかる通り、おそらく本当にあった映像を元に演者さんが演技をしているということなんでしょう。そしてそのインタビューを通して語られた内容をドラマ仕立てとして映画にしている、と。この映画は、インタビューパートと、ドラマパートが混ざり合って構成されてました。


僕はここがキーなんじゃないかと思ってます。


そしてその映画構成の利点を最大限に使用したのが、アメコミでよく使われるところの「『第四の壁』を壊す」という演出です。この作品では、よくこの『第四の壁』を壊してトーニャやジェフが語りかけてきます。


『第四の壁』とは何か?


それは、映画世界(フィクション)と観客の間の壁です。この壁を壊すとどうなるかというと、フィクションの中の人物が、見ているこちらに向かって話しかけてくる、みたいな演出が生まれるわけです。よくアニメの冒頭に主人公が「良い子のみんなは、明るい部屋で、離れて見てくれよな!」みたいに話しかけてきますよね、あれです笑。


これによって、インタビューでの話が元でそれをドラマにして見せてるという構造が印象的になっているのではないかと僕は感じました。時には、「こいつこんなこと言ってるけど、本当はそんなじゃないからね?」みたいな語りも入ってきているので、結局のところ、ドラマパートで見せられている部分も本当かわからないという演出にも見えます。


ていうか、わかったようになっているのは編集されて「こいつはこういうキャラ」という印象が物語の語り手によってなされているからだと思うんです。トーニャについて、「感情の振れ幅が完全にぶっ壊れたアスリートというキャラクターです。」と①のところで書きましたが、それすらも作られたキャラクターということはできないでしょうか。ここで語れれているのはトーニャの本の一部にしか過ぎなくて、本当はもっと繊細で細やかな気配りができる人だ、という側面がないとは誰も言い切ることはできません。


ではこのイメージを、作られたキャラクターを形作っているのは誰なのか?この映画では、複数名がインタビューに応じています。元旦那のジェフ、母親のラヴォナ、コーチ、あとはドキュメンタリー番組のディレクターとかも。彼らは皆彼らの中にある「トーニャ」という人物を語っているのです。それをつなぎ合わせることで「トーニャ像」が出来上がります。だから、このトーニャのイメージを作ったのは複数名のインタビューに応じた人物なのではないでしょうか。


だから、その語り手の采配次第で人物の描写はきっと変わってくると思うのです。


ここで重要なところは、複数名の話を元に過去を振り返るという展開にしていることだと思います。その複数の証言を断片的につなぎ合わせて、一本のストーリーにしているのです。だからこそ「あいつはこう言った」「こいつはこう言ってる」みたいなことが起こります。そんな、証言の食い違いが、『第四の壁』を超えて観客に向けられるのです。



さて、ここで「真実」「物語」の対立が浮かび上がってきます。


「真実」とは、起こったことそのまま、ありのままのことでしょう。自己流の解釈や憶測を全く排除した、ありのままの事実が真実だと言えます。


でも、そんなことは本当にあり得るのでしょうか。「真実はいつも一つ!!!」と今大大大ヒット中の少年もキメてますが、そのたった一つだけの真実があったとして、それを見つけ出すなんてことはできるのでしょうか?


「真実」の代表格が新聞を始めとするニュース報道でしょうが、それが果たして本当にあったことを報道しているのでしょうか?報道が伝える人物像は、果たして実情を言い表しているでしょうか?一人の人間を語るときに、「真実」はあまりにも口数が少なくないですか?トーニャは報道によって世間から嫌われましたが、本当に彼女は嫌われるべき女だったのでしょうか?彼女にも愛すべき側面がなかったなんて、誰にも言えないでしょう。


そこで出てくるのが「物語」です。「物語」とは、あくまでその語り手自身の話であって、筋道を立てた解釈を交えて語り手が思ったこと、頭で整理したストーリーということです。インタビューに答えた登場人物が話しているのは皆全て「物語」です。彼らが彼らの感じたことを、彼らの言葉で話しています。


だから、ジェフが「トーニャは銃を持ってきて俺を脅したんだ」というのも彼の「物語」としてはありです。一方で、トーニャとしては「私は銃を持ち出したりなんてしないわ」と言っていますが、これも彼女の物語の中ではありです。このエピソードでの「真実」は結局分かりません。でも、はっきりしていることは、ジェフとトーニャの間でこの時の「物語」が一致していないということ。


「物語」はあくまでも各個人が持っているものであって、必ずしもそれが正しいことなんだということは誰にもできないのです。



さて、この映画ではこの「真実」と「物語」の対立が最後になって明確になります。


新聞が掲げるのは「疑惑にはトーニャが関わっており、彼女はスケート界にふさわしくない女だ」という「真実」。そしてそれは世間の中でも「真実」となり、社会的にもトーニャは「品のないくそ女」として嫌われてしまう。しかしこれだって、結局は報道が勝手に作り上げた「物語」にしか過ぎません。報道に都合が良いように、物語を編集したに過ぎないのです。


一方トーニャはそんなことは思ってません。彼女には彼女なりの「物語」があります。彼女の「物語」は「私は、疑惑には全く無関係であって、スケートをしていく権利があるわ。なんたって女性で初めてトリプルアクセルを跳んだ女なんですもの!!!」というわけですね。


そしてこの映画では「真実なんて糞食らえだ!!!」と言わんばかりに、トーニャの、あるいは登場人物たちの「物語」が先行していきます。本当なのか嘘なのかわからないけども、彼女はこういう物語の中で生きている、と。この映画は、「本当はこの事件の裏にこんなことがあったんです〜!」ということはしてないんですね。あくまで、「彼女たちがい言うにはこうだとのことです」と言う作りをしている。そしてそれが最終的な、「真実なんてどうでもいいんだ!」と言うトーニャの主張につながっていくのでしょう。


この感覚は、とても清々しい開放感のあるスタンスでした。これだけ情報に囚われた中で、誰の情報にも囚われず、自分の物語を信じて突き進むトーニャ、いいじゃないですか笑。フェイクニュースとか色々言いますけどね、結局誰かが作った情報なんて当事者からしたら作家さんたちの他人事にしか聞こえないんでしょうね。


それだけ現代と言うのは、叩きたい人を探している世の中だと言うことでしょうか。誰かの印象を悪くして、スキャンダルをある意味「作って」、「こいつは最低だ」と指を刺したがる。そんな時代、そんな社会で生きていると言うことなのかもな、と思いました。



そんな時代において、トーニャのとった選択はまた一つ希望でもあります。映画の最後、彼女は彼女の「物語」を生きていくことにしました。フィギャスケート界を追放された彼女は、ボクシングを始めます(トーニャらしい!)。彼女は世間の作った「真実」なんかではなく、それはただの人が見たい「物語」でしかないのだと割り切って、自分の「物語」を自分で作っていくことにした。それは、「私が見たもの感じたことは私にしかわからない。その上で私は私のしたいようにやるのよ」てな宣言だとも取れる。その姿を目いっぱい写した最後のカットは印象的でしたね。ボクシングをしている彼女と、氷上でトリプルアクセルしている彼女を交互に移すことで、彼女がまだ心の中で炎を燃やしているのが伝わってきました。




最後に:


この映画は本当にあったことなのか、それとも証言者の嘘なのか、思い込みなのか、真実ははっきりとはさせないと言う構成で作られているように感じました。そこがこれまでになく、映画として面白い。


この映画をどう見たのか、見た人によってちょっとずつ違うのかもな、と思います!興味深いですね。



DCのハーレイクイーン:マーゴット・ロビーと、marvelのウィンターソルジャー:セバスチャン・スタンの共演ということで、ここでも会社を超えての共演がありました。そう言うところも『第四の壁』を超える、と言う演出と関係があるのでしょうか?ないか。


ちなみに、マーゴットの濡場はほぼありません。そしてほぼ脱ぎません。悪しからず。