『ビジランテ』 ビジランテ=自警団の三兄弟が守りたかったことはなんだったのか?


作品情報

あらすじ、予告編

幼い頃に失踪した長男・一郎(大森南朋)。市議会議員の次男・二郎(鈴木浩介)。

デリヘル業雇われ店長の三男・三郎(桐谷健太)。別々の道、世界を生きてきた三兄弟が、父親の死をきっかけに、再会し―。深く刻まれた、逃れられない三兄弟の運命は再び交錯し、欲望、野心、プライドがぶつかり合い、事態は凄惨な方向へ向かっていく――。

                    (公式ホームページより)


ビジランテ - 映画予告編(15歳未満は見ちゃダメ)


キャスト、スタッフ

監督:入江悠



神藤一郎:大森南朋
神藤二郎:鈴木浩介
神藤三郎:桐谷健太
神藤美希:篠田麻里子
大迫護:般若
岸公介:嶋田久作
神藤武雄:菅田俊






感想

圧倒的な黒。闇。影。


ざっくり内容をまとめておくと。
暴力的な有力政治家一家に育った三兄弟。その暴虐ぶりに長男の一郎は家を飛び出す。
それから30年後、その父の死をきっかけに(なのか?)、姿を消していた一郎が地元に戻ってくる。三兄弟は、次男の二郎が地元政治家に、三男の三郎がデリヘルの雇われ店長という職を持っていた。父親の遺産である土地を巡って、市議会議員やヤクザが遺産相続元である三兄弟を狙っている、と。


ということで。とりあえず、三兄弟の名前の付け方ですよね。


一郎、二郎、三郎、、って。
とはいえ別にギャグでもなく、かと言って見分けのつくようにわかりやすくしているわけでもなく、それはただ単に父親の息子たちに対する思いの表れなんだと思います。最初に生まれたから一郎、次に生まれたから二郎、、っていう程度の感心しかないんだと。実際に、この映画ではその姿は冒頭とあとは劇中に幻覚としてちょこっとだけ出てくるというだけなんだけど、その冷徹さ、人として認めない奴隷的な扱いが強烈に感じ取れます。


と言うのも、本当にちょっとしか出てこないこの父親という存在の香りのようなものが、今作ではずっと漂い続けている。子供時代に受けた仕打ちが、長男が出て行った後の30年間もずっと尾を引いて、ひいてはこの物語の時間軸となる父親の死後もずっと影響を与え続けている。



例えば、三郎の持っている父の遺骨の一片。本当に小指の先くらいの骨でしかないんですけど、それを二郎から葬式の後に渡されて以来、ずっと持ち続けている。事あるごとに出てきて、何かピンチになったり一郎と揉めたりすると必ずと行っていいほど三郎は父の遺骨を見ますね。


それから帰ってきた一郎の姿なんですけど、これが時に父親の姿と重なって見えたりする幻視が起こったりして、本当に父親の姿そっくりなんですね。


極め付けには、争われ続ける遺産にも、父親の影がちらついています。


というように、この作品には終始「家族」「父親」「血」というものが付きまとっているように思いました。それが心地よい関係ではなくて、醜く血生臭く痛々しいものとして。



ビジランテ、というタイトルについて

父親の遺産であったでかい土地ですが、もともとは居場所のわかっている二郎のものという事で相続される予定でした。しかし、そのタイミングで一郎がやってきたことによってその土地は一郎が主有権を握ってしまいます。しかし、市議会議員の二郎はそれでは面目が立たず、議会のお偉いさんに睨まれてしまいます。さらにはその関係で土地を狙っているヤクザが、デリヘルの関係で絡みのある三郎に土地の権利を迫り、三兄弟が土地の権利を巡って対立します。


しかし、一郎は決して土地を譲ろうとしません。ヤクザが来ても決して譲ろうとしない。なんでなのか。それは劇中では語られない。


兄弟三人が土地を巡って衝突した時に一郎が発した台詞「お前ら何にも向き合ってこれなかったんだろうが。何も守ってこれなかったんだろうが」これは一体どういう意味なのか。詳しい説明とかがあるわけでもない。


というような感じで、キャラクターの説明には空白が多いな、と感じました。どういう意図で言ったのかよく分からない場面が多い。でもそれはきっと監督の意図したところであって、あとは想像してくれ、ということでもあるんだろうとも。


ビジランテ、という言葉が何を指しているのかということですけども「自警団」と和訳されるそうです。予告編によれば、「法や正義が及ばない世界」で「大切なものは自ら守り抜く」集団、ということでしょうか。


となればこの三兄弟が守ったものはなんだったのか。


これ見終わってから考えると、それぞれに違ったものを守ってるんじゃないかって思うんですよね。こっからは完全に個人の感想、想像になりますが。


一郎は最後まで土地の権利を譲らずにヤクザモンに殺されてしまいました。最後の言葉は「靴脱げ」。ヤクザのボスが土足で屋敷に入って来たから、それにしびれを切らして後ろから刺したところを殺されてしまいます。最終的に一郎は土地を守るために死んでいったとも言えます。


三郎は、ヤクザに殺された一郎の仇を討つためなのか、一郎を殺したヤクザを、一郎が使ったのと同じナイフで刺そうとし逆に殺されてしまいます。三郎は兄弟の絆を守ろうとしたのでしょうか。


では二郎は。僕には二郎は家族を守るために人生を心を殺したのではないか、と思えました。政治家としての成功によって、妻とその子供を守る。そのために彼は実の兄の死を見逃し、政治家としての道を進むことにした。


というように、この三人はそれぞれ別のものを守るためにそれぞれに命を、人生をかけ、ある者は死に、ある者は人間としての尊厳を投げ売る。


三兄弟以外では、篠田麻里子演じる二郎の妻もそうした生き方をしていると言えます。彼女は旦那の成功のためにおそらく自分の体を議員の重役に売り、旦那を昇進させるという手段に出ます。(この篠田が議員室みたいなところに入っていくところはマジでエロさを感じました。こんなに服着てるのにエロく感じたのは人生で初めてですw)


それから何と言っても、二郎の運営している自警団隊の若者。彼はいわゆるナショナリストとして、在留中国人を毛嫌いし、いきなり殴ったり最後には放火したりシャベル振り上げて追っかけ回したりとめちゃくちゃです。その根底にあるのは、自国を愛する気持ちなのか、外国人に対する異常な警戒心なのか。それも詳しくは描かれないけれど、きっとその中にあるのは「愛」なのではないかと思わされます。異常な愛が(それは国に対してなのか、自分に対してなのか)異常なヘイトを生み出すのではないか、と。


それでいうんだったら、今回の三兄弟も、それぞれに愛を持ったがためにそれぞれに異常な行為によってその愛を貫くという選択をすることになったのではないか、とも思うのです。


一郎は土地に対しての愛、二郎は家族への(あるいは権力への)愛、三郎は兄弟への、(あるいはデリヘル嬢たちへの?)愛。


さっきの一郎のセリフ「お前ら何にも向き合ってこれなかったんだろうが。何も守ってこれなかったんだろうが」、ですが、30年前、何にも守れず何にも向き合うことのできなかった二郎と三郎は、一郎によって、自分の一番大切なものと向き合い、それを守るという行動をすることができたのではないか、そう思いました。


でもにしてもその形は暴力暴力また暴力の精神でしたね〜。特に三郎は相当に痛い目に遭っています。目をつぶってしまいましたし、般若は割と本当にそういうことをしているんじゃないかって思ってしまうほど。


こんな運命になってしまったのは、どうしてもその「血」の成し得る技でしょう。暴力的で、権力を好んだ、父の血が、どうしてもついて回ってくる。そのしがらみを三人とも振りほどこうとしますが、どうしても絡みついてくる。結果としてもっともっと悪いところまで三人とも落ちてしまうのです。その様が見ていてもう本当に辛くて。吐き気を催すような暴力が終盤には渦巻いていました。


どうもこういう暴力描写ってダメなんですよね、、、男としてどうなんだっていつも思っちゃうんだけどどうしても目つぶっちゃうんですよね、、


そんな血縁というものは、今作では全く微笑ましいものではなく、むしろネトネトといやらしくまとわりついてくるもののようにすら思えました。


三兄弟が最後に守りたかったものは決して一点で交わることはなかった。兄弟愛を守ろうと思った三郎は二郎を説得しようとしますが、立場に縛られた(あるいは妻に縛られた)二郎は結局そちらを選ぶ。「今度飯行くからな」と一郎に約束する三郎ですが、結局はその一郎から土地の権利を譲ってもらおうとする。この「今度飯行くからな」のその一瞬だけ、僕にはこの兄弟の中に何か光が見えたような気がしたのですが、だからこそデリヘル嬢たちを守るために一郎から土地をもらおうとする一言が地味にショッキングでした。


こうして、血縁に振り回され、傷つけられ、損なわれて、最後に一番守りたいものを自ら守る、自警する兄弟の姿を2時間、まざまざと見せつけられ、まとわりつく運命の重さや暗さを感じさせる映画だったと思います。


なかなかこんなに希望の見えない話って最近見てなかったかもしれない。と思いました。



演技について。

長々とよくわからないことを書いてしまったので、最後に書くキャストの演技について。やはり豪華キャスト(特に三兄弟のトリプル主演)というだけ遭って、なかなかの演技合戦でした。


大森南朋


登場は思ったよりも少なく。ただその存在感はすごい。暴力団でも権力でもないが、最後まで強い。それはなんでか?それまでの人生で決定的に損なったものがあるから。とはいえ消えた30年間に何があったのかは明らかにされていない。借金が4億あるとか。。。その闇を感じさせる演技が、最初に知った龍馬伝の頃と比べるとかくだんと深くなっている。アウトレイジの影響もあるような印象。


鈴木浩介


この人はこの三人では一番演技してたな、という感じ。桐谷が名演技と言われてますけども、僕は鈴木浩介さんの演技がめっちゃすごいなって思いました。兄弟への思いと、自分の立場の間で揺れて、最後には兄弟への思いを切り捨ててしまう。三男の三郎を突き放すシーンが印象的。結局自分はいいとこまで上り詰めて、しかしその過程で大事なものを損なってしまったことを自覚しているが、スピーチの途中、それを振り払っているかのような声色に怖さを感じる。何がすごいって、抑えの演技がすごいと思った。何かを決定的に吐き出すようなところはほとんどなく、かといって感情が見えないかっていうとそんなこともない。溢れるような何かを抑えて、空虚と戦って、っていう、一見無表情で自分がないような人間に見えてしまうところを、いや実はぐるぐる抱えてるんだってのをセリフではなく、表情とかちっちゃい仕草で表しているというところ。



桐谷健太


三人の中で一番人間的な部分を感じた。それは、権力よりも、暴力よりも、大事なことがあるだろう、と呼びかけるから。三人の中で一人だけそれを必死に探し求めている。こいつも暴力と兄弟との間で振り回されるが、最後には兄弟をとって死んだように見えた。大事なのは、父親の骨か?三兄弟の中では一番痛くて一番感情が噴き出す役なので、演技が壮絶言われるのも納得。しかし、その引き出しというか、懇願、哀願、憤怒、苛立ち、絶望、みたいな色〜んな感情を出せる俳優さんなんだというところに驚きを感じた。そしてその全てが凄まじい迫力。


篠田麻里子


演技はぶっちゃけ下手としか思わないけど、その強い眼差し。それが鈴木(二郎)を闇へと突き落としているように見える。本当にのし上がりたいのはこいつ。議長の部屋?みたいなところに入っていう様は何もしていないのにエロい。意思が弱く翻弄させられがちな二郎を突き動かす役なんだと思うが、最終盤の車の中で二郎を引き止めるあの眼差しにその説得力を感じた。


般若


こええ。大したバトルシーンとかもないのに、強いのがめっちゃ伝わってくるし、基本的に怖い声出しているけど、切れたらまじで怖いのがクレイジーなのが伝わる。焼肉屋のグロテスクな痛いシーンは、桐谷との挙動う作業で互いのクレイジーさと惨めさが出来上がっている。


最後に

クリスマスにこれ見たんだな〜と思うと、自分が悲しくなります。
もうちょっと普通のなんの意味合いもない日に、見るのがオススメです。笑


今年もあともう少しですね。そろそろ映画納めになってきそうで悲しいです。笑


ま、ということで以上でした!



最後まで読んでいただいてありがとうございました!!!








12月25日