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旧作映画『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』 感想 レビュー


  なんで今更って思った方もいらっしゃるかもしれませんが、よく行く映画館「早稲田松竹」でやってたんです。



 最果タヒさんの詩集を映画化した今作は、公開時に見たいと思っていたいも関わらず上映されている映画館の少なさと時間的な関係で劇場で見ることができませんでした。
 でもそれだって今年の話です。それをもうやっちゃうってところが早稲田松竹。こういう映画館なんていうんだっけ?池袋だと新文芸坐ですね。


 これ結構すごいんです!毎週毎週違う映画を二本立てくらいで(週によっては違う時もある)上映していてしかもめっちゃ安い!さらにさらに新し目の映画もやっちゃうっていう!よかったらHP見て見てください!



 再来週かな?は、『ハクソーリッジ』と『沈黙ーサイレンスー』の二本立てですよ!!!メルギブとスコセッシの新作の二本立てって!!!まじでやばい!しかもその次の週だかは『美女と野獣』と『ララランド』ですよ!?!?やばい。これは。この企画を立てた早稲田松竹って本当にすごいですよ。



 てな訳で、新作というにはちょっと前の作品になってしまいましたが見てきました。

















あらすじ

看護師として安定した生活を送りながらも夜はガールズバーで働く美香と、左目が見えず工事現場で日雇い労働者として働く慎二。2017年の東京で生きづらさを抱えた若者の出会いを描いたラブストーリー。


 こうとしか書けないんですよね〜。この大枠の中にいろんな要素がぎゅっと詰まってドラマになっている。これだけいるとメロドラマなのかノワール的な何かなのかわからないみたいな話に見えるんだけど、まあ詳しい中身はこれからレビューとともに書いていこうかなと思います。


 まあ雰囲気は予告編で見て見てください



『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』予告



 キャスト、監督は後ほど紹介するとして、早速感想に行って見ましょう!!!
























 






 最果タヒの詩が沁みる
 希望と絶望の間で東京に生きる二人の男女の、物語



 題名に『映画 夜空はいつでも〜』てなってて、「あれ?最初の『映画』っているんかな?」と思った方もいるかもしれないんですけど、これなんか本当に題名についてるらしいです。『劇場版 名探偵コナン』みたいな笑
 それと言うのも『”詩集”夜空はいつでも〜』があるからなんですね。なるほど、映画と詩集ははっきり区別をしておきたいと。
 まあそりゃあそうか。だって詩集にストーリー性があるわけではないんだもん。詩集を基にストーリーを作ってったんですよね。


 元が詩集と言うだけあって、途中に詩の一節?なのかな?が挿入されるんですよ。これがすごく効いてて。その詩を基にして二人の感情が行ったり来たりしているんだって。これは詩集を買って読んでから見ればよかったな〜と思いました。まあこれ書いてる今もまだ読んでいないんだけど。


 ちなみにこちらが詩集の方の情報になります⬇︎

夜空はいつでも最高密度の青色だ
夜空はいつでも最高密度の青色だ
リトル・モア



 それと言うのも早く感想を書いておきたかったから。
 今書かないとこの感覚がどっかに行っちゃうような気がしたからです。


 とにかく新宿と渋谷がよく出てくるんだこの映画は。
 背景には建設中のビルとか、夜ならネオンとか、酔っ払ったサラリーマンとかがうようよいますね。その中で主人公の二人は生きているんですね。この映画はその様をただただ映していくと言う。


 その風景にすっごくよく溶け込んでるこの詩が。空虚感とか虚しさとか表面をなぞるような会話とか人間関係とか。ってどっかで何回も聞いたことあるようなワードばっかになってしまう自分のボキャブラリーが悲しい。。。いつかこの感情をちゃんと表現できるようなボキャブラリーを備えたい。。。


 とにかく!美香っていうこの話の主人公の下手くそな作り笑いとかにぴったりくるんです。


 主人公はその美香と慎二。どちらかと言うと美香に比重重め?


 美香は昼は看護師、夜はガールズバーで働いている。ガールズバーで働く時、合コン?に参加している時、患者のの死をやり過ごす時、タバコを吸う時。孤独、虚しさ、と言うワードが浮かんできます。


 一方の慎二くんは日雇いで工事現場で働いている。左目が見えず、話しだすと異常なほど喋る。自分のことを変わり者だと言っています。


 美香の役をやった石橋静河さん。初めましてです。

 なんと石橋凌さんと原田美枝子さんの次女!!!なんだよ二世かよ!
 とかと言わせない感じが漂っていました。決して超演技派とは言えないかもしれないけど、自然。そこにある美香をちゃんと「いる」と思わせる演技をしていたな、と思いました。ちなみに、ダンサーとしても活躍しているとか。
 とか思ってたら!!!!よくよくウィキペディアを見てみると、その直前に見ていた『PARKS』という映画にも出ていたとか!まっったく気づかなかった!!!こういうところを考えるともしかするとすごく演技派女優さんなのかも。だって全く違う二人を全くちがく演じていたわけでしょう?



 慎二池松壮亮さん。こちらはよくみる顔ですね。現在は格安シムのCMに出演中。よくわからないダンスとかしてる気がします。


 序盤のちょっとクレイジーな、これ映画の主人公にして大丈夫?なキャラクターから、最後にかけての男としての顔、地に足をつけて美香と生きている姿への変遷、というか変貌が個人的には衝撃的。


 そうだそうだ監督ですが、石井裕也さん。あまり知らなかったのですが、これまでには『舟を編む』、『バンクーバーの朝日』などがあるとのこと。米アカデミー賞の外国語映画賞の日本代表に史上最年少で選出され、『舟を編む』で第37回日本アカデミー賞にて、最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞しています。つまり、いま若手監督の中では期待値の一番高い監督の一人ということでしょうか。



 さてさて、この二人が最初に出会うのは、慎二の仕事仲間である智之(これが松田龍平)と岩下(これが田中哲司)で美香のガールズバーに行くところ。本当はこれより前に居酒屋ですれ違っているんですが、そこに関しては気づいていないのか?客とスタッフとして最初は接し合うわけですが、この時の美香の表情がなんとも。ガールズバーだから笑ってなきゃいけないんだけどその作り笑いが本当に下手くそで。引きつってるんですよね。




 そのあと二人がすぐに再会します。そして慎二のセリフ「なんだかすごく嫌な予感がする」このセリフは作品の中で何度も出てくるんですね〜。最後この「嫌な予感」がどうなるのか、というのも追いかけて欲しいところ。


 二人とも空虚なんですね。目が虚ろなんです。その演技がすごく迫ってくる。お金もないし、将来のことも考えられないし。そして現在の生活のすぐそばには死が横たわっている。こういう描写が何度もなんども出てくる。虚ろで空虚で。


 ていうとすごく安っぽく聞こえてしまうのがもどかしい。


 美香は看護師という職業柄、患者の死を何度も見ている。だから死に慣れてしまっているんですね。それに対しての感情がほとんど見えず、仕事として死を悼んでいる。


 対して慎二ですが、工事現場はただでさえ危険がいっぱいで怪我したり腰を悪くしたりするし、仕事を辞めたら生活ができない=という観念が漂っている。自分たちは金がない、という認識が希望を薄めてしまっている。田中哲司さんが最初の方、何度も「」というワードを出すんですね。それでなくてもネガティブ。そしてある時現場のリーダー的な存在だった松田龍平さんが急に死んでしまう。


 これがすっごく呆気ないんですよね〜。え?と思ったらもう葬式のシーンで。
 そこで慎二と美香が再開する。美香は死に慣れちゃって割と普通の顔をしている。慎二は家族のいない松田龍平のためにただの仕事仲間なのに喪主をやっている。イライラしていつもとは正反対に何も喋らない。


 この時かな?美香と慎二の会話で、慎二がいつもおしゃべりなことについて「喋ってないと不安なんだよね」みたいなセリフを言うんですけどそれがすごく印象的で。



 後半になると今度は美香がすごく喋って反対に慎二は黙るって言うことが増えて行くんだけど、これって美香も不安だってことですよね。美香がすごく喋る時も慎二が喋る時も、なんだか似ているような気がするし。しかも美香だって全然内容がなくって中しいことばっかり話すんです。内に秘めている不安とか「嫌な予感」とかを吐き出しているようで。


 て言うことがずっと続いて行って、その度に二人が少しずつ近づいてくる。


 仲間の死。隣人の死。仲間との別れ。友達の失恋。とかとか色々。直接的に悲しいことじゃなくても、時の空虚感、とか行ったらまたなんだかかる〜くなってしまうけど、そう言うことに一個一個直面して、その度に世の中に不安になってこの世に絶望して、自分の存在に辟易してがっかりして、自信をなくして、怖くなって、、、


 でもそれでは終わらない。その度に誰かがそばにいてくれて、何かを乗り越えて、「東京」と言うギリギリの綱渡りをなんとかして渡って行く。


 田中哲司さんが飲み屋で言うんですね、「ざまあみやがれって言ってやるんだ」。どんな辛いことがあっても、俺は生きている。あいつは死んだけど、俺は、お前は生きている。そのことに「ざまあみやがれ」って言ってやるんだと。そのセリフが効ましたね。
 このセリフがもう一回出てくるんですけど、その時決して田中哲司さん笑ってない。でもこうやって生きてくんだろうな、って言う、生きてってほしいなって言う希望を感じました。


 これがすごく強い。初めは暗いことばっかり言ってたこの人が、一度恋を経験する。その時の笑顔がすっごく可愛くて笑。早くデートに行きたいからって走って出て行くんです。それを見て慎二も美香のところに走って行く。走って行って美香のアパートに行ったら「女子寮だから入れないよ」って言われてめっちゃショックで「う〜わ」ってうなだれる笑。
 大の大人がすっごく可愛くなる。その可愛さってひたむきってことですよね。走って会いに行くとか、本当は少女漫画系映画の専売特許みたいなところあるんだけど、それを男が、しかも2〜30代の男がするって言う。それだけ走ってしまうほどに行きたいところが、会いたい人がいる。そのことがギリギリの人生を生きている慎二の間違いない「希望」になっている。


 「生と死」の物語ってよく聞くけど、これは「希望と絶望」の話だと思うんです。


 物理的な(?)生きてることと死ぬことの間にいるんじゃなくて、生きていることの希望死んでしまいたいほどの絶望の間で、それでも生きている希望を選んでいる内面のストーリーだと思うんです。


 よくある「生と死」の物語ってなんだろう、どうしたってセックスと一心同体なイメージがあるんですけど、この話は一回も誰もセックスしない。一回ラブホに入るけど。でもことが起こったかどうかはぼかされてて、少なくとも「こうして夢中になってる時にだけ生きてるって気がするんだ」的な定番のやつがないんですよね。


 その代わり、恋なのか愛なのか、はたまた結婚するのかみたいな二人がずっと一緒にいる。何気ない会話して、「嫌な予感」を共有して、朝までに悪いニュース速報入ったらどうする?みたいな会話をしている。
 これは美香のセリフなんですけど、これに対しての慎二の答えがこの映画のハイライトかな〜って思います。「募金する」って。それを受けて美香も「そうだよね、朝起きたら『おはよう』って言う。ご飯食べる前に『いただきます』って言う。そう言うことだよね」と。


 こう言う会話にこそ「生と死」を感じるんですよ。生きてるってこう言うことだって感じるんだと思うんですよ。どうかな?ちょっと大げさですかね?笑


 このセリフに関しては正直に言うと「ん?どう言うこと?」ってなってしまったんですけど、それよりもこの二人の表情とかそう言うところに「生きてる」を感じてしまいました。と言うか、「生きてるに値する『希望」を感じました。


 生活はギリギリだけど、夢も希望もないけど、悲しいことが毎日起こるけど、それでも今生きている。ざまあみやがれ。嫌なことが起こる可能性だけ、いいことが起こる可能性もある。これから朝までに悪いニュース速報が入るかもしれない。何人も世界中で死ぬかもしれない。それでも今日を生きている私には、小さなラッキーもあるかもしれない。気づかないだけで毎日それが起こっているんだと。真っ暗に見える夜空が「最高密度の青色」ってすごいロマンチックなことじゃないか、と。黒じゃないんだよって。


 そう考えると、やっぱりこの題名はすごい。というか最果タヒの言葉のセンスがすごいのか。「夜空はいつでも最高密度の青色だ」。夜空は黒だと思っていたら、ギューーーーッと凝縮された青色って。


 こいう映画あんまり面白くないな〜、とかって思う人もたくさんいるとは思います。そこまでおっきな何かがあるわけでもないし、派手なアクションはないし。でも好きな人もきっと大勢いると思うんですよね。だがしかしそこまで興行的に成功したという噂も聞かない。


 これはちょっともったいないと思うんですよね〜。たくさんの人に見て欲しいって原作(この場合は原作になるのか?)の最果タヒさんも言っていることだし。


 というわけなので、最後に最果タヒさんのこの映画に向けてのコメントを公式ホームページから抜粋してこのレビューを終わりたいと思います。
 最後まで読んでくれてありがとうございました。






自分の人生だとしても、その全貌など見えやしない。生きていくことの果てにあるものをひとつずつ、ちいさいものを、ひとつずつ拾って、明日ぐらい、明後日までとはいかなくても、明日ぐらいは照らしている。人生の果てに、いったいどんな景色が広がるかなんてわかるはずもなかった。ただ、明日に少しだけ、ほんの少しだけでも「いい予感」がするなら、それだけで十分だ。生きるっていうことは思った以上に刹那的なもので、決して積み重ねていくことでも、記録していくことでも、自分を作っていくことでもないのかもしれない。この映画を見ていて、何度もそう思った。ただ、私とは関係ないところに波打っている命があって、そこから放り出されないように、そのときそのとき、できるかぎりバランスをとって波に乗りつづけている。私が見るべき私の命はきっと今、この瞬間のものだけだ。

「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」、今という一瞬でしかない時に、全身を投げ出すようにして生きる人々の映画でした。どんなに親しくても、そばにいる人たちの過去に何があったのか、すべてを思いやることなんてできないし、同じ未来を生きることなど約束できるはずもない。だからこそ、せめて、彼らの「今」に不恰好でもいいから、取り繕わずに飛び込みたい。器用であることや、人生そのもののつじつま合わせのように透明になって生きていっても何も残せないだけだ、誰の記憶にも残りやしない。この映画には、無根拠で無遠慮な明るさなんて一つもないけれど、でも「今」という生に対して、ひたすらにポジティブだった。みっともなくてもぶっきらぼうでも、それでも「今」そのものを生きたとき、それはきっと愛らしい姿をしている。そう、強く信じることができる映画です。

 私は詩を書いていて、ずっと、不器用にしか、下手くそにしか、「今」を生きることができない人たちに、届く詩が書きたいと思っていた。誰にも理解されなくても、気持ちをうまく説明できなくても、それで別にいいんだ、「今」をうまくやりすごす必要なんてない。わかりやすさばかりを優先して、自分の不器用な部分を捨ててしまわないでほしい。ありのままになればなるほど、曖昧で、言葉にできない感情は増えていくけれど、そこまで届く詩を、いつか書くから。書いてみせるから。

 愛おしい不器用さに溢れた、この映画が私の詩集をもとに作られたという、そのことが光栄でなりません。願わくは、多くの人に観てほしい。自分自身の「今」を不器用な手つきで抱きしめようとするすべての人に。

                 (公式ホームページより抜粋)